体外受精

採取した卵子を体外で受精させ、得られた受精卵を子宮腔内に移植することで妊娠を期待します。
自然妊娠の流れのうち、卵管内の過程をすべて体外で行うため、生殖補助医療技術(ART)とも呼ばれます。

自然妊娠の流れ (1)膣内で射精 (2)精子が子宮頸管を通り子宮、卵管へ侵入 (3)排卵された卵子が卵管内へ取り込まれる (4)卵管膨大部にて受精 (5)受精卵(胚)が発育しながら子宮へと移送 (6)子宮内膜への着床

体外受精の流れ

体外受精は、多くの治療過程から成り立っています。

  1. 排卵誘発(卵巣刺激)
  2. 採卵
  3. 受精
  4. 受精卵(胚)の獲得
  5. 胚発育

【すぐに移植を行う場合】

  1. 胚移植(新鮮胚)
  2. 余剰胚の凍結保存
  3. 黄体補充
  4. 妊娠判定

【凍結後に移植を行う場合】

  1. 胚の凍結保存
  2. 凍結受精卵の融解
  3. 胚移植(凍結融解胚)
  4. 黄体補充
  5. 妊娠判定

排卵誘発(卵巣刺激)

自然の排卵周期(排卵誘発なし)で採卵する場合、一度に多くの卵子の成長は期待できません。
採卵 1回あたりの獲得卵子数を増やすために、排卵誘発剤を使用して卵巣を刺激することを排卵誘発といいます。排卵誘発は個々のホルモン状態や年齢等を考慮し、医師が最適な方法を決定していきます。
なお、排卵誘発には以下に挙げるよういくつかの方法があります。

排卵誘発における主な卵巣刺激法

  1. 1)通常刺激法・排卵誘発あり 獲得予想卵子数 平均7〜10個程度
  2. 2)低刺激法・排卵誘発あり 獲得予想卵子数 平均3〜5個程度
  3. 3)自然周期法・排卵誘発なし 獲得予想卵子数 平均1個程度

1)通常刺激法

主な
適応者と
特徴

  • 体外受精における最も一般的な誘発方法です。
  • 卵巣予備能が適正値の方や年齢が35歳位までの方が主な対象となります。
  • 注射による誘発は卵巣に対し強い刺激を与えることが出来るため、獲得卵子数は多くなります。

卵胞刺激ホルモン注射 + 排卵抑制剤(アンタゴニスト製剤 等)

  • 卵胞刺激ホルモンを生理開始3日目から採卵決定までの間(平均10日前後)、連日注射します。
  • 卵胞の発育をモニターしながら、必要に応じて排卵抑制剤(アンタゴニスト製剤 等)を注射します。
  • 卵胞が直径20mm前後まで発育したら、卵子の最終成熟を促すためHCG(注射)またはGnRhアゴニスト(点鼻薬)を投与します。

HCGまたはGnRhアゴニスト投与の翌々日が採卵日となります。

2)低刺激法

主な
適応者と
特徴

  • 卵巣予備能の低下がみられる方、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を起こす可能性が高い方、または通常刺激法を行っても多くの卵子獲得が難しい方が主な対象となります。
  • 注射と飲み薬を併用する誘発のため、通常刺激に比べマイルドな誘発方法となります。

経口の排卵誘発剤(クロミッド等)+ 卵胞刺激ホルモン注射 + 排卵抑制剤(アンタゴニスト製剤 等)

  • 基本的には通常刺激法のやり方と似ていますが、経口排卵誘発剤を併用することで卵胞刺激ホルモンの注射量を少なくした方法です。
  • 卵胞の発育をモニターしながら、必要に応じて排卵抑制剤(アンタゴニスト製剤 等)を注射します。
  • 卵胞が直径20mm前後まで発育したら、卵子の最終成熟を促すためHCG(注射)またはGnRhアゴニスト(点鼻薬)を投与します。

HCGまたはGnRhアゴニスト投与の翌々日が採卵日となります。

3)自然周期法

主な
適応者と
特徴

  • これまでに良好な受精卵が得られなかった方や、他院で数多くの治療をされてきた方、ホルモン剤を用いる誘発を行っても効果が出にくい方が主な対象となります。
  • 獲得卵子数が1個程度のため、卵子の状態により治療キャンセルのリスクが高くなります。
  • 基本的には排卵誘発剤を使用しませんが、状況により少量の排卵誘発剤を使用する場合もあります。
  • 卵巣への負担が少ないため、毎月採卵することも可能です。
  • 卵胞の発育をモニターしながら、必要に応じて排卵抑制剤(アンタゴニスト製剤 等)を注射します。
  • 卵胞が直径20mm前後まで発育したら、卵子の最終成熟を促すためHCG(注射)またはGnRhアゴニスト(点鼻薬)を投与します。

GnRhアゴニスト投与の翌々日が採卵日となります。

いずれの排卵誘発法においても…

  • 排卵誘発の方法は、患者様の背景(年齢・卵巣予備能・治療歴等)を参考に医師により決定されます。
  • 図に示した治療日程は一般的な目安です。実際の診察日および採卵実施日は曜日と患者様の卵胞(卵子が入っている袋)の発育状態を見ながら決定されます。
  • 診察日には必ずホルモン検査(採血)および超音波検査を実施いたします。
  • その他、必要に応じて、診察・検査・投薬が追加になる場合があります。

採卵

発育した卵胞に針を穿刺し、内容物を吸引することで卵子の回収を試みます。

  • 採卵は一般的に局所麻酔を使用して行われます。
    痛みに不安のある方は、希望により静脈麻酔を使用して採卵を行うことも可能です。
  • 採卵に要する時間は平均10分程度です。
    • ただし、発育している卵胞の数や状態により時間が変動することがあります。

受精

卵子と精子が融合し受精卵となります。体外受精における受精方法として、下記の二つの方法に大別されます。

通常媒精法(一般体外受精)

採卵後、卵丘細胞と呼ばれるふわふわした細胞に包まれた状態の卵子と調整して得られた良好運動精子を培養液内で一緒にし、精子が本来持つ受精力(精子が自らの力で卵子に侵入する力)によって受精を試みます。

メリット
  • 自然の受精に近い方法である
  • 受精過程で生ずる卵子に対する負荷が少ない
デメリット
  • 精子の数が少ないと対応できない
  • 異常受精(多精子受精)が起こりやすい
  • 受精障害では全く受精しない場合もある

顕微授精法(ピエゾICSI)

運動性・形態的に良好な精子1個を、極細の針を用いて卵細胞質内へ直接注入し受精を試みます。事前に卵丘細胞をはがし、成熟が確認された卵子のみに実施します。

メリット
  • 精子の数が極めて少ない人でも対応できる
  • 受精障害にも対応できる
  • 多精子受精が起こりにくい
デメリット
  • 針を刺すため卵子には多少の負荷が掛かる
  • 針を刺したことで、卵子が壊れる場合もある
  • 未成熟な卵子には実施できない

受精卵の獲得から胚発育

受精卵の獲得

受精は卵細胞内における前核形成の有無により判断します。
また、正常受精および異常受精の判断は、前核と極体の数で判定します。

【前核形成あり】正常受精卵:2前核 2極体、異常受精した卵子:前核3個/前核1個 【前核形成なし】受精が認められなかった卵子

受精卵の発育過程

受精した胚は、細胞分裂を繰り返し、徐々に細胞の数を増やしながら形態を変化させていきます。これに伴い、胚の名称も変化していきます。

受精卵(採卵後1日目)→4細胞胚(採卵後2日目)→8細胞胚(採卵後3日目)→桑実胚(採卵後4日目)→胚盤胞(採卵後5日目)→脱出胚盤胞(採卵後6日目)

胚培養における評価法

初期胚(培養2日目、3日目の胚)の評価

~VEECK分類~
卵割球の均等性はfragmentation(フラグメンテーション)の出現率で評価を行います。
すべての卵割球の大きさが均等でフラグメンテーションの出現が少ないほど良好な受精卵とされます。

【Grade1】卵割球:均等、fragmentation:なし 【Grade2】卵割球:均等、fragmentation:10%以下 【Grade3】卵割球:不均等、fragmentation:10%以下 【Grade4】卵割球:不均等、fragmentation:11-50%未満 【Grade5】卵割球:不均等、fragmentation:50%以上

胚盤胞(培養 5日目以降の胚)の評価

~Gardner分類~
Gardner分類では発育ステージと内細胞塊、栄養外胚葉の細胞数で胚盤胞の評価を行います。
発育ステージが高く細胞数が多いほど良好な胚盤胞とされます。

■ 発育ステージの評価

「胞胚腔(ほうはいくう)」と呼ばれる腔の広がり具合で 1~6段階に評価します。

■ 内細胞塊、栄養外胚葉の評価

発育ステージがGrade3 以上では内細胞塊と栄養外胚葉をA~Cの3段階で評価します。

胚移植

大切に胚発育させた受精卵を子宮腔内へ移植します。

方法

受精卵を吸い込んだ柔らかいチューブを子宮口から子宮腔内へ静かに挿入し、超音波で適切な位置を確認しながら受精卵を静置します。

移植時期

3日目移植法:初期胚を移植します。
5日目移植法:胚盤胞を移植します。
移植日は発育状況を参考に、医師により決定されます

移植個数には制限があります。日本産科婦人科学会にて平成20年4月に発令された会告により、1回に移植する胚の個数は、多胎妊娠防止をはかるために原則として1個となります。ただし、35歳以上または2回以上続けて妊娠不成立であった女性についは2個の移植が許容されています。

胚の凍結と融解

胚移植において、以下に挙げる様々な理由により、胚は凍結保存されます。

  • 子宮内環境を整えることで、着床阻害のリスクを低下させるため
  • 一度の採卵で良好な胚が多く得られた場合、複数回の移植を行うことで、採卵一回あたりの妊娠成功率を高めるため
  • 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の重症化を防ぐため

凍結保存・融解の方法

凍結

受精卵は超急速ガラス化法により凍結されます。
超急速ガラス化法とは、凍結保護剤を浸透させた受精卵を液体窒素(マイナス196℃)で一瞬のうちに凍結させることで、高い生存率が得られる凍結方法です。
凍結した胚は、鍵のかかるタンクに入れられた液体窒素の中で保管・管理されます。

融解

融解は専用の融解液を使用して行われます。
受精卵は液体窒素(マイナス196℃)から37℃に加温した融解液に一気に投入されることで融解されます。融解した受精卵は培養液の中で培養され、その後、移植されます。

アシステッドハッチング(孵化補助)

ヒトの卵子は透明帯と呼ばれる殻に該当する3層構造の膜で保護されています。
通常、胚は自らの力で透明帯から脱出(孵化)し、子宮内膜へ着床します。
しかしながら、透明帯の肥厚や硬化が孵化の妨げになる場合があり、これらリスクを取り除くために、胚移植前に透明帯の一部を人工的に切開(開口)または除去する処置を孵化補助(アシステッドハッチング)といいます。アシステッドハッチングには以下のような方法があります。

レーザー法

レーザーを照射することにより透明帯を開口します。

MS法

2本の針を用いて透明帯を開口します。レーザー法にくらべ切れ目の大きさを調整しやすいのが特徴です。

Zona Free(ゾナフリー)法

透明帯を大きく開口し、胚から透明帯を完全に除去します。

新しいART

ピエゾICSIの導入

当院ではピエゾマイクロマニピュレーター※を用いた顕微授精(ピエゾICSI)を行っています。

従来のICSIとピエゾICSIの違い

従来のICSIでは先端が尖った精子注入用の針(インジェクションピペット)を使用します。まず、卵子に強く押し込むことによって透明帯を貫通させます。さらにインジェクションピペットを卵細胞質の奥に進ませながら、卵細胞膜を吸引して穿破し、精子を注入します。
本来、卵子の透明帯と細胞膜は強度が違うため、従来のICSIでは透明帯を貫通させる力によっては卵細胞膜も同時に穿破してしまい、結果として卵子が壊れてしまう(変性する)確率が高くなっていました。
ピエゾICSIでは、先端が平らなインジェクションピペットを使用します。そして、微細な振動(ピエゾパルス)を用いて、卵子が変形しないように透明帯を掘削し、穴を開けます。さらにインジェクションピペットを卵細胞の奥まで進め、細胞膜を吸引することなくピエゾパルスで破り、卵細胞質内に精子を注入します。
ピエゾICSIは、卵子透明帯および膜の破り方において大きな違いがあります。

従来法

先端が鋭角な針を用い、吸引圧により穿破します。

(1)透明帯の穿破 (2)穿破圧による卵子の変形
デメリット
穿破時に卵子に強い力や吸引によるストレスが加わるため、卵子が変性する可能性が高くなる。熟練度が必要。

ピエゾ法

先端が平らな針を用い、ピエゾパルスで穿破します。

(1)透明帯の穿破 (2)卵細胞質の穿破
メリット
卵子に強い力が加わらないため、変性率の低下と吸引によるストレスがないため胚発育の向上が期待される。

ピエゾICSIのメリット

  • 従来のICSIと比べて、卵子の変性率が低下します。
  • 卵子変性率が低下(生存卵子が増える)することで、得られる受精卵が多くなります。
  • インジェクションピペットの穿刺に伴う卵子へのストレスが減ることで、良好胚が多く獲得できることが期待されます。
  • 従来法に比べて精子の注入が確実なため、安定した受精率が期待出来ます。
  • ピエゾマイクロマニピュレータについて
    圧電素子(Piezo素子)は、電圧をかけることによって変形する性質を有しており、これを利用して振動を発生させることができます。この発生した振動を精子注入用のガラス管に伝えて卵子透明帯や細胞膜を穿破するマイクロマニピュレーションシステムです。

タイムラプスを用いた胚培養

当院ではヴィトロライフ社のタイムラプスインキュベーター(Embryo Scope:エンブリオスコープ)を使用した胚培養を行っております。タイムラプスインキュベーターには、培養器の内部に顕微鏡とカメラが備え付けられており、カメラは培養終了まで一定間隔で連続撮影を行い、胚の状態を記録していきます。
撮影された写真を連続再生することで動画として観察する事もできます。
タイムラプス動画にすることで様々な視点から胚の解析が可能となり、多くのメリットが生まれます。

【正常受精で胚盤胞に至る様子(タイムラプス動画)】

安定した環境での胚培養

タイムラプス機能を用いた培養では、培養器内部で胚の観察を行います。
従来の胚観察では必須だった、「培養器から胚を取り出し、顕微鏡で観察後に再び培養器に戻す」という作業が不要となりました。その結果、胚発育にとって重要な温度変化や環境変化(酸素濃度および二酸化炭素濃度)によるストレスが軽減され、胚発育の向上が期待されます。

タイムラプスインキュベーター(エンブリオスコープ):培養器の中で撮影します。 従来型インキュベーター:撮影の度に外へ出していました。

優れた胚を判定

胚発育の状態を常時モニタリングすることで、従来の胚観察では判断できなかった胚発育の詳細がわかるようになりました。成長速度、異常な受精や分裂など、胚発生の解析は妊娠の可能性がより高い良好胚の選択を可能にします。
また、途中で成長が止まってしまった胚も、解析することにより、どの時点で問題が生じたのか発見できる可能性があります。

タイムラプスインキュベーターでしか発見できない胚発育の様子

タイムラプス機能を活用することで、正常受精の判断基準となる前核の数および出現状況をより詳細に判断できるようになりました。
また、胚の発育過程において異常発育(1個の細胞が3個以上に分裂するダイレクト分割や、2個の細胞が1個に融合する逆行現象)が認められることがあります。これらの現象も、タイムラプス機能を活用しない限り発見することができない胚発育でした。

人工知能(AI)を用いた良好胚の選択

タイムラプス機能を用いた培養ではオプションとして、人工知能(以下:AI)が良好な胚の選択をサポートする機能があります。AIは蓄積データ(数千個にも及ぶ妊娠に至った胚の発育パターン)と、患者様の胚の発育パターンを照合し、その胚の妊娠期待度を導き出します。
これまでのグレード評価(見た目による評価)とAI診断を組み合わせることで、妊娠する力の高い良好胚を選択することが可能になります。